萩原利久
映画『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』
長い時間軸で楽しんでもらえる作品
コント職人と評されるジャルジャル・福徳秀介さんの小説家デビュー作である「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」が、ついに映画化!初の男性主人公の恋愛作品に挑戦した大九明子監督の、新境地にして最高傑作が完成しました。主演を務める萩原利久さんに、役へのアプローチ法や、大九監督とのエピソードなどを伺いました。

©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」
<あらすじ>
思い描いていた大学生活とはほど遠い、冴えない毎日を送る小西 徹(萩原)は、学内で唯一の友人・山根(黒崎煌代)や、銭湯のバイト仲間・さっちゃん(伊東 蒼)と他愛もないことでふざけ合う日々。ある日の授業終わり、お団子頭の桜田 花(河合優実)の凛々しい姿に目を奪われ、思い切って声をかけると、急速に意気投合する。会話が尽きないなか、「毎日、楽しいって思いたい。今日の空が一番好きって思いたい」という桜田の何気ない言葉が胸に刺さる。その言葉は、奇しくも半年前に亡くなった大好きな祖母の言葉と同じで、桜田と出会えた喜びに一人震える。ようやく自分を取り巻く世界を少しだけ愛せそうになった矢先、運命を変える衝撃の出来事が二人を襲う――。

最初にタイトルを見たときの率直な感想を教えてください。
いや、どういうことだろう?って。もちろん、この言葉のなかに含みがあるんだろうな、とは思いましたけど。
その含みを探しながら撮影に臨んだということは?
物語のなかでも、やっぱりこの言葉が一つのキーになるというか、全体のなかでもかなりのポイントになるので。この言葉がそのまま出てくることもありますし、小西自身も最終的に口にするので、意識としては常に持ちながらも、演者として最後のシーンに向かっていくという感覚のほうが強いかもしれないです。
撮影は順撮りだったのですか?
順撮りではなかったのですが、終盤のシーンはわりと後半に撮影できたので、そこはよかったです。ただ、結局、すべてのシーンがつながってラストに向かっていくので。どのシーンの撮影にも、常に最後のシーンを頭に存在させながら臨んでいました。

小西 徹という役へは、どのようにアプローチしていったのでしょうか。
あまりキャラクターとしてとらえないようにしていました。小西は、たとえば日傘であったりとか、傍から見たときにそれだけで印象を持っていける要素があるので、逆にキャラクター的なところが先行しないように意識していました。
それは、なぜですか?
演じるうえで、そこにばかりフォーカスしてしまうと、それこそキャラクターにしかならないなと思ったんです。小西に関しては、そうなってしまうとちょっともったいない気がして。物質的な特徴は、あくまでも彼のポジションを形成している一つの要素でしかないので、すべてをそこから始めないようにしていたかもしれないです。
なるほど。
でも、基本的には小西って、どの方に対しても受け身というか。自分からアクションを起こすのではなく、誰かからのアクションに対して感化されたりという隙があったりするので。そういう意味で、準備をするのがすごく難しかったです。というのも、ほかのキャストのみなさんがどんな芝居をするかというのを、僕がすべて完璧に想像することはできないから。ある程度は自分で考えるけれど、相手の芝居を現場で直に受けて、それをどう受けとめていくか、ということにフォーカスしていた部分が大きいかもしれません。

本作の公式ホームページでも「小西を演じてみて、“本当に難しかったな”というのが率直な感想です」とコメントされていますが、どういったところに難しさを感じましたか?
僕は基本的に、演じるうえでの軸を1本作るようにすることが多くて。全編を通しての軸……大雑把にいうと、シーンの入口と出口みたいなところをある程度、自分のなかで決めて現場に行きたいんです。もちろん、実際に芝居をしていくなかでそれが変わっていくこともありますが、大枠というか、大前提の部分を持つようにしているのです。でも今回は、それをあまりうまく作れなくて。何も作らず現場に行きました。
それは、ご自身にとってめずらしいことなのでしょうか。
普段は普通にやっていることなので、自分の考えた軸なしで臨む予定ではなかったんですけど。ただ、最初に言ったように、小西はアクションを自分から起こす人間ではないので、みなさんがどういう芝居をしてくるのかを僕が一人で考えるのには限度があるし。想像しきれないから決めきれないというところもあるし。僕が想像していたのと全然違う芝居がきたときの自分の反応に、嘘はつきたくないので。あらかじめ用意していたものを変換して受けとめるということは、あまりしたくなかったんです。なので、とにかくたくさん想像して、自分の受け皿を広げる作業に変えたという感じです。
受け皿を広げる?
完成した『今日の空が~』に映っているあの芝居を、事前に想像することはホントに難しくて。あれだけ熱を帯びた言葉を吐いているので、やっぱり現場で聞いた通り、見た通り、感じた通りに受けとりたいな、という思いがあったんです。だから、自分のなかで“こうするんだ”と決めきってしまうと、そこに合わせていくことになる。それはやっぱり、すごくもったいないから。特に小西は、誰かの話を聞いているという描写がすごく多いので、相手の放つひと言ひと言を、ものすごくしっかり聞くようにしていました。

©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」
受け身の小西ならではの役作りですね。
河合(優実)さんは、相手に言葉を届ける力がホントにスゴい方で。彼女の発する言葉の一つひとつが、僕の体のなかに入ってくる感覚になるというか。人間はみんな言葉をしゃべるし、生活から言葉を切り離すことはできないです。それがあまりにも当たり前になりすぎているがゆえに、言葉の重みが薄れている気がするんです。でもやっぱり言葉ってものすごい力を持っているものなので。そんなスゴい力のあるものを使って、たくさんの表現をしていくものだなって。河合さんと芝居をしながら、彼女から出てくる言葉を聞くたびに、そういう当たり前になっていた部分を再認識させられる感覚がすごくありました。
『今日の空が~』は、昨年開催された「第37回東京国際映画祭」に出品されましたが、大九明子監督の公式インタビューで、萩原さんの芝居について語っていらっしゃいました。「感情が最高潮に達する場面では、これまで見せたことのない演技をする必要がありました。そこで、“この際、役を忘れていい。利久くんとして演じてほしい”と言ったら一発OK。会心の演技を見せてくれました」と。
たしか、言葉としては「小西を守らなくていい」だったのですが、それを言われたときは大きな衝撃を受けました。小西を演じているのに守らなくていいって。だけど、大九監督がそうしてほしいというなら、もう振り切ってやろうと。そういうものを全部取っ払って本番に臨むというのは、普段はやろうと思ってもなかなかできないことなので、いろんなものが落ちていく感覚がありました。そのシーンに向けて、頭で考えてしまう部分がすごく多かっただけに、ホントにステキな体験をさせていただいたなと思います。

完成した作品を観て、自分でも“これまで見せたことのない演技”だと感じましたか?
僕にはわからないです。それはたぶん、観てくださった方の感想だったり、周りの人たちの言葉からでしか実感できない気がします。そもそも僕、自分の出ている作品は全然客観的に見られないし。どちらかというと、自分がどう思ったかより、周りの方がどう感じたかで判断しているかもしれないです。
そういう意味では、「東京国際映画祭」で本作をご覧になった方も多いと思いますが、反響は届いていますか?
はい!ホントにいろんな感想があるなと思いました。どの映画もそうかもしれませんが、特にこの作品は、観る方のその時の環境だったり状況だったり年齢だったりという、その方を構成する要素によって、見え方がまったく違ってくるんじゃないかなと思っています。

そうですね。
大学というある種、狭い世界で、今まさにもがいている若者もいれば、そういう時間すらなつかしく、かわいらしいなと感じる人もいて。自分の過去と重ねて、そこに感情がぐわーっと持っていかれる方もいれば、大学生活を未来としてとらえる方もいる。だからこそ、今このタイミングで観て、自分が歳を重ねてからもう1回観てみると、また全然違った見え方になるのではないかなって。長い時間軸で楽しんでもらえる作品だと思うし、その感想に正解も不正解もない気がするんです。そのときどきでこの映画を見て感じたことが100%なのではないかなと。僕自身も、これから何度も観て、感想がどう変わっていくのか楽しみです。
小西は、常に傘をさすことで自身を武装していますが、萩原さんにも鎧としてまとうものはありますか?
自己防衛ということですよね?うーん、アホでいることじゃないですか。

©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」
その心は?
人が悪意を向けるときって、その対象を困らせたいとか、ダメージを与えたいという気持ちがあると思うのですが、実際にダメージを与える前に“理解する”というワンステップがあると思うんです。極端な話、全然知らない言語でどんなに悪口を書かれても、本人は読めないから傷つかないじゃないですか。そういうイメージで、アホに何を言っても理解できないので、言うだけムダです。アホでいれば回避できることがいっぱいあると思うから。自己防衛的にアホになることは、わりとある気がします。
アホになるのは、そうしなければいけない理由があるときですよね?
あっ、もちろん特定の条件下で。常にアホは、ただのアホなので。でも、ただのアホというのも、見方によってはすごく強いです。

たしかに。
バカって、ホメ言葉にもなるじゃないですか。たとえば、「野球バカ」とか。一つのことを突き詰めたら、逆になりたくてもなれない存在になる。それに、気づかない幸せというのもあります。という、生きやすくするための自己防衛です。振り切りたいときとか、アホになれば考えないで済むから。それこそ『今日の空が~』のラストシーンも、極端な言い方をすればアホになっていると思うんです。
それは、演じるうえで?
そうです。一つずつ考え始めると結局、難しくなってしまうから、セリフの言葉を1分の1でとらえて、そのままやってみるっていう。思いきりがほしいときや、一歩を踏み出したいときは、アホのほうが強いと思うんです。考えてしまうと立ち止まっちゃうから。僕自身、悩みとかも基本的にはそうやって解決しているかもしれないです。とりあえず寝よう。寝られなかったら考えよう、ぐらいの心持ちでいます。
改めて、本作の公開を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。
もう、何も構えず素直に観ていただきたいです。そして、そのときの感覚や感想を覚えておいて、また時間が経って観たときの感想と照らし合わせてみてほしい。それが、この映画の楽しみ方なんじゃないかなと思います。

萩原利久
はぎわら りく
1999年2月28日生まれ。
青色に少し緑がかった衣装に身を包みながら、爽やかに登場された萩原さん。インタビューでも話し方から声のトーンもすごく落ち着かれていて、どのお話もスッと入ってくるように話されるのが印象的でした。作品に対してでは、演者としてのお話以外にも、一歩引いた見方でもお話をされていて、色々な方向から作品に向き合ってこられたのだと感じました。前編では映画の作品に寄せた爽やかな写真ですが、後編ではカッコよく、美しい萩原さんをお届けいたします。
インタビューでは、若手として背中を追い続ける立場から憧れられる立場となった今のお話に迫っております。新生活にピッタリなお話しです。お楽しみに!
最近の出演作に、テレビドラマでは、NHK総合・NHK BSプレミアム4K『リラの花咲くけものみち』(‘25)、読売テレビ・日本テレビ『降り積もれ孤独な死よ』(‘24)、日本テレビ『めぐる未来』(‘24)、映画では、『世界征服やめた』(‘25)、『朽ちないサクラ』(‘24)、『ミステリと言う勿れ』(‘23)などがある。また、映画『花緑青が明ける日に』の公開を控えている。

©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」
タイトル:今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は
4月25日(金)全国公開
配給:日活
原作:福徳秀介『今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は』(小学館刊)
監督・脚本:大九明子
出演:萩原利久
河合優実 伊東蒼 黒崎煌代
安齋肇 浅香航大 松本穂香/古田 新太
製作:吉本興業 NTT ドコモ・スタジオ&ライブ 日活 ザフール プロジェクトドーン
製作幹事:吉本興業
制作プロダクション:ザフール
配給:日活
©2025「今日の空が一番好き、とまだ言えない僕は」
※Team Credit
カメラマン:鈴木寿教
インタビュー:林桃
記事:林桃/有松駿