春は彼方
第四話
作 富田健太郎
(葵side)
授業が終わり、一番後ろの席で携帯をいじっているとゆりから可愛いスタンプと一緒にLINEが届いた。
『今日夜空いてる?』
『空いてるよ』
『こないだ恵比寿のCD屋さんで秋人君が欲しがってたCD見つけて、買いに行きたいんだけど、付いてきてくれない?』
『暇だし、いいよ』
俺と秋人は小学校からの付き合いで高校でも同じクラスだった。
文化祭で俺のクラスは演劇をやることになり、俺は秋人と一緒に装飾係に立候補した。
この時、たまたま一緒の装飾係になったのがゆりだった。
俺は真面目な秋人に仕事を任せ、サボっていた。
すると、それまでまともに話したことのなかったゆりが、俺に言った。
「10年後振り返っても、思い出すこと何もなくなっちゃうよ?」
無垢なゆりのその言葉は、胸の奥にすーっと刺さった。
俺は心を入れ替え、毎日遅くまで一緒に飾り付けをした。
絵の具でカラフルに染まった白のワイシャツ、華やかに飾り付けられた黒板、机を並べて作ったランウェイ、暗くなった帰り道に三人で分けて飲んだ一本のジュース。
文化祭は沢山の想い出を残して終わった。
思えばゆりのあの一言がなかったら今の三人はなかったのかもしれない。
違う性格に違う趣味、だけどなんとなく波長が合うというか不思議と居心地が良かった。
そして、三人でシェアハウスをすることになった。
ゆりはカメラが好きで、ベランダから見える景色が好きだといって毎日写真を撮っていた。
「ゆりちゃんさ、毎日同じところ撮ってて楽しいの?」
「それがいいんだよ。空気も太陽も雲の位置も毎日同じに見えて違うんだよ、ほら」
と言ってカメラを俺に覗かせてくれた。
「俺にはわかんないなぁ。ってか、ゆりちゃん俺のこと撮ってよ」
ゆりははにかんで言った
「だめ。人は撮らないの。大切な人を撮る時までとっておくの。」
この時、俺の中でゆりへの気持ちが変わっていった。
それからの日々は、自然とゆりのことを目で追ってしまったし、気持ちの変化に気付いてからゆりを好きになるまでは一瞬だった。
ベタだけど、俺のスウェットを貸してあげたり、ゆりちゃんからゆりって呼び方も変えてアピールした。
俺の気持ちに少しは気付いて欲しいけど、ゆりは気付かないんだろうなぁ。
”居心地のいい存在”としての俺だけが育っていく。
学校から帰り、ゆりの支度を家で待っていると「お待たせ」と言ってゆりが現れた。
薄手のピンクのニットに、赤のベレー帽、胸にはカメラをぶら下げ、顔は満面の笑み。
今日もかわいい。きっと他の人達は俺たちのことを恋人って思うんだろうなぁ。
ゆりは楽しそうに秋人の好きなバンドの話をする。
「ふらっと寄ったら、たまたま見つけた」とか、「一人じゃ恥ずかしくて買えない」とか、「買っていったらびっくりするかな」とか。
多分俺の顔は引きつっていたかもしれない。
そして、意図せず、最悪の時は訪れた。
今まで生きてきた人生の中で最も消し去りたい10秒間。
恵比寿の五差路に差し掛かったところで、俺は立ち止まった。
ゆりは少し遅れて気付くと立ち止まり、ん??と可愛い顔で振り向いた。
俺の方へゆっくり歩いてくる。ゆりを目の前にした俺は何を思ったのか
ゆりにキスをした。
頭が真っ白になり、辺りの音は消え、お互いの心臓の音だけが聞こえた。
顔が離れると、今まで見たことのないゆりの顔があった。
そして一言、
「ごめん。」
とだけ言うと、俺の元から離れていった。
これが、俺の人生で最も消し去りたい10秒間。
ゆりの姿は遠くなり、俺は恵比寿に一人、世界で一人になった気がした。
家に帰ると、ゆりと秋人が居た。
ゆりはいつも通りだった。
正確には一生懸命いつも通りのフリをしてくれていたんだと思う。
秋人の顔も見れなかった俺は何も言わず、逃げるようにシャワーを浴びた。
まだ冷たいままの水を頭から被ると、今までの想い出が頭を巡った。
「ねぇ、春の大三角形って知ってる?」
「何それ。」
ゆりは星を指差しながら、
「秋人くんは獅子座で、葵くんは牡牛座、私は乙女座。3つを結ぶと春の大三角形になるんだ。だから私たち相性がいいんだよ。」
「ふーん。俺はずっと笑ってられればそれでいいや。」
「そうだね。ずっと仲良しでいようね。」
【著者】
富田健太郎(とみた けんたろう)
1995年8月2日生まれ。アミューズ所属。主な出演作はTX「来世ではちゃんとします」、MBS/TBS「都立水商!〜令和〜」、EX「僕の初恋を君に捧ぐ」TX「電影少女-VIDEO GIRL AI 2018-」など。7月18日~舞台「ボーイズ・イン・ザ・バンド〜真夜中のパーティー~」の公演を控える。