北山宏光
舞台『醉いどれ天使』
舞台という生モノならではの空気感や匂いを楽しんでもらえたら
日本をはじめ、世界中に大きな影響を与えた名匠・黒澤 明さんと、その多くの作品で主演を務めた三船敏郎さんが初めてタッグを組み、今なお伝説の名作として愛されている映画『醉いどれ天使』。1948年には舞台作品として上演されたという記録が残っており、その台本は長い間眠っていましたが、近年発見され、満を持して2021年に舞台化されました。この度、新たなスタッフ・キャストにより、25年舞台版『醉いどれ天使』の上演が決定。その主演を務める北山宏光さんに、作品に対する思いを伺いました。

<あらすじ>
敗戦後の東京。ある夜、銃創の手当てを受けに、闇市の顔役・松永(北山)が町医者の真田(渡辺 大)の診療所を訪れる。顔色が悪く咳込む松永を、診療所に住み込みで働く美代(佐藤仁美)も心配する。ひと目で肺病に侵されていると判断した真田は治療を勧めるが、松永は言うことを聞かずに診療所を飛び出し、闇市の様子を見回るのだった。居酒屋で働く同郷の幼馴染・ぎん(横山由依・岡田結実のWキャスト)は、そんな松永に密かに想いを寄せるようになっていた。 しかし、着々と病魔が松永を蝕み、ダンサーの奈々江(阪口珠美)は彼から離れていく。戦後の混乱のなか、松永の采配によって落ち着きを保っていた闇市だったが、松永の兄貴分・岡田(大鶴義丹)が出所し、闇の世界の力関係に変化が起きていくのであった……。

『醉いどれ天使』に出演が決まったときの気持ちを教えてください。
今回のお話をいただいたのが2年前くらいで、ちょうど自分の転機でもあったんです。そういうタイミングで、この歴史ある作品に携われるのはうれしいことでした。作品自体も、戦後まもなくの話で、それを令和で上演するという意味でめちゃめちゃおもしろいんじゃないかと思ったんです。僕は歴史をつないできたパスを受け取り、それを最大限に咀嚼して、最大限に自分の肉体をとおして違うものにする。そこにとても魅力を感じました。
今おっしゃったように、本作は戦後が舞台になっています。もしもご自身がこの時代に生きていたら、どんな人生を歩んでいたと思いますか?
正直生きていけるかわからないです。こんな時代を生き抜く根性とスタミナ、メンタルを考えただけで厳しく感じます。でも、それが当たり前の時代だったので、きっと生き抜こうとするんでしょうけど。とはいえ、当時なりの幸せがあったと思うんです。幸せのハードルというのは、それぞれの時代と生き方によって違うから。花が咲いているだけでキレイだな、幸せだなと思える人生だったかもしれない。そういう意味では、いろんなものをもうちょっとピュアに感じられていたかもしれないです。
本作の製作発表で、「(稽古場で)ここ数日で、“もしかしたら、ここかも”をつかみ出している」とおっしゃっていましたが、具体的にどういった手応えを感じているのでしょうか。
台本の読み方が、最初と変わってきたんです。“これを縦軸にすると、ここのセリフの言い回しが変わるな”とか“エンディングで、松永はどんな顔をするんだろう?”みたいなところが、やっと立体的になってきたというか。よりディテールを感じられるようになってきました。

なるほど。
あと、(演出の)深作(健太)さんが、それぞれのキャラクターに対して、「このセリフに対するサブテキストがあるとして、それを心に持ちながらセリフを吐いてください」みたいな演出をされるんです。当然、稽古場では、各キャストの考えたサブテキストをみんな聞いていて共有できるから、各登場人物の厚みが自然と増すんです。そうすると、芝居の受け方や発信する言葉も変わってくるし、台本の読み方も変わってくる……という軸が、やっと、キャストそれぞれにできてきたんじゃないかなって。
最初に脚本を読んだときは、率直にどう感じたのですか?
もう台本の段階で、キャストが生きていると思いました。ホントに本って大事だなということを再認識したというか。台本によっては、“この役はこんなセリフ言わないでしょう”みたいなこともたまにあったりするんですけど、そういうことがいっさいなかったんです。だから、稽古が始まっていきなり、じゃあ動いてみようとなったときに、みんな迷いなく動き出すことができたんです。
いきなり動いてみるところから始まったのですね。
大ちゃん(渡辺 大)とも、どこをどう動くとかあまり決めずに、「じゃあ、こういうセットがここにあって、最後、なんとなくここらへんに座れるといいかな」ぐらいしか決めずに、いきなり「用意、スタート」で始めたんだけど、バババババッと一緒に動ける、みたいな。そこに深作さんが、「こういう側面も持っておいたほうがいいよ」とか「ここへ来るまでに、もうちょっとこういうことがあったかもしれないね」というリアリティというか、さらに掘ったものを提案してくれたりするので。「なるほど。じゃあ、この合間の芝居は、背中で受けてみますね」と、さっきとは違うアプローチを試してみる、みたいな。

そういうお稽古のやり方は、これまであまり経験したことがなかった?
そうですね。演出家によって全然違うので、深作さんはそういうやり方だということなんですけど。それが、深作さんのなかにある見せたい画や聞かせたい音をより早くキャッチしやすいというか、わかりやすいので。「じゃあ、こういうふうに動いてみていいですか?」とやってみると、「そういうことだよ!」となることが多いです。
今回、松永役を演じることで、俳優としての表現の幅が広がりそうだと感じていることや、チャレンジしていることがあれば教えてください。
僕の演じる役は、ほとんど他界したり、だいたい血が出る作品なんですよ(笑)。今回もそこはそうなんですが、ヤクザ役というのは初めてだと思います。ちょっとした不良とか元不良とか、そういう役はあったかもしれないけど、がっつりヤクザの役で、しかも戦争に絡んでいる役は初だと思います。だから、そういう意味では挑戦なのかな?自分の引き出しが増えるかもしれないです。でも、僕の芝居を見た時、深作さんに、「あれっ、ヤクザ役やったことあるの?」と言われましたけど(笑)。
(笑)。1948年に公開された映画版はダンスシーンなども印象的ですが、フィジカル面での見せ場についてはいかがですか?
戦後を描きながらも、劇中で流れる楽曲がものすごくロックだったりとか、エレキギターでガシャーン!と始まったりとか、ものすごくショーアップされているんです。時代背景としては重いものがありますけど、観る人にとってはエンタメのショーになっている。そういうところは本作のオリジナルな部分で、すごく楽しさも感じられるんじゃないかなと。そういう見せ方じゃなくても成立するけれども、そうする。そこが深作さんの演出のおもしろさであり、見どころの1つだと思います。

舞台に対して北山さんが思う、演じる側としての魅力と、観る側としての魅力とは?
やっぱり、生モノであるということ。どんな作品でも同じ公演というのはないし、劇場に行かないと観られないんですよね。あとは、今日の芝居すげーよかったなと自分で思っても、公演後の反省点が多かったり。逆に、今日は調子がよくなかったなと思ったのに「すごくよかったよ」と言われたりとか。今日はセリフのテンポがよかったから、(上演時間が)すごく巻いたように感じたのに、実際は5分ぐらいオーバーしていた、みたいなこともありますし。それも全部、“生”だからですよね。
観る側にとっても、そういった生の部分が魅力であると?
舞台もライブですからね。僕、コロナ禍になったとき、コンサートだったり舞台だったりというものが、やっぱり尊いと思ったんです。直接観られるって、当たり前のことじゃないんだって。だからこそ、生であるところにも魅力が存在すると思っています。
あと半月ほどで『醉いどれ天使』の公演が始まりますが(取材は10月中旬)、本番に向けて考えていることや、楽しみにしていることを教えてください。
正直言うと、まだわからないんです。というのも、作品の固まり度にもよるので。(稽古で)何回も通して精度が上がっていて、“これなら自信を持っていける”というときは、早く見せたいなと思うんですけど。作品によっては、稽古で固めすぎると、本番でそれ以上、上にいけないということもあるから。でも本番はお客さんがいることで、また全然変わるんでしょうけど。そのあたりはちょっと楽しみな反面、そこまでいけるかなっていう不安もあります。時間はあっただけいいということではないので。そこのフレッシュさと冷静さと、あと、本番に向けての準備とほどよい緊張とが、本番までの間にどういうバランスで入ってくるかがまったく予想がつかなくて……。だから、何を楽しみにしていいかわからないという感じです。

あらためて、公演を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。
舞台はライブなので、生モノだから、その日しかないし、その回しかない。1つとして同じものはないので、そういう空気感だったり匂いだったりを楽しんでもらえたらうれしいです。

北山宏光
きたやま ひろみつ
1985年9月17日生まれ。
雨の日の撮影で、撮影前には別のお仕事をされてからきてくださった北山さん。入ってこられてすぐに周りに挨拶する姿や、終わった後に丁寧にお辞儀をしてくださり、物腰の低く、素敵な方だなと感じました。また撮影では、メイクさんもいる中で、ご自身でも身だしなみをチェックされていて、小さいことでも手を抜かないこだわりや仕事に対する真面目な姿勢を間近に感じることができました。撮影前にはたくさんあるお弁当に悩まれる可愛らしい一面も拝見することができました。後編ではタイトルにちなんだ質問で笑いを巻き起こしてくれました。何かはお楽しみに!
最近の出演作に、読売テレビ・日本テレビ『DOCTOR PRICE』(‘25)、テレビ東京『君が獣になる前に』(‘24) などがあり、1月期ドラマの『AKIBA LOST』(‘26)が控えている。

<公演情報>
『醉いどれ天使』
原作:黒澤明 植草圭之助
脚本:蓬莱竜太
演出:深作健太
出演:北山宏光
渡辺 大 横山由依・岡田結実(Wキャスト) 阪口珠美 / 佐藤仁美 大鶴義丹 ほか
公演スケジュール:2025年11月7日(金)~23日(日)
会場:明治座
公演スケジュール:2025年11月28日(金)~30日(日)
会場:御園座
公演スケジュール:2025年12月5日(金)~14日(日)
会場:新歌舞伎座
※Item Credit
◯ブランド
・ジャケット \96,800-
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2点ともMAHITO MOTOYOSHI(JOYEUX)
※全て税込価格です
◯問い合わせ先
・JOYEUX
tel:03-4361-4464
※Team Credit
カメラマン:鈴木寿教
ヘアメイク:大島 智恵美
スタイリスト:柴田 圭
インタビュー:林桃
記事:林桃/有松駿
