北村匠海
映画『アンダードッグ』
限界まで追求した「プロの姿」
アンダードッグの遠吠えが放つものとは―
「日常」というものは誰の中にも存在しているにも関わらず、一つとして同じ形をしていない。だから私たちは相手を理解しようと、時に遠ざけようと必死に生きていく。彼が演じる“男の子たち”はいつだってどこか自分自身に悩んでいる。そんな誰もが経験する脆さが美しい。その美しさが「人間らしさ」と同じ質感で共鳴するが故に、彼の“芝居”から“声”から目が、耳が離せないのだろうか。圧倒的に「北村匠海」であるはずなのに、すべてが無色透明に見えるのは何故?ドラマチックを体現する彼に聞いた作品の話―
映画『アンダードッグ』
<あらすじ>
一度は手にしかけたチャンピオンへの道……そこからはずれた今も〝かませ犬(=アンダードッグ)〟としてリングに上がり、ボクシングにしがみつく日々をおくる崖っぷちボクサー・末永晃(森山未來)。幼い息子・太郎には父親としての背中すら見せてやることができず“かませ犬”から“負け犬”に。一抹のプライドも粉砕され、どん底を這いずる“夢みる”燃えカスとなった男は、宿命的な出会いを果たす。一人は、 “夢あふれる”若き天才ボクサー・大村龍太(北村匠海)。児童養護施設で晃と出会いボクシングに目覚めるが、過去に起こした事件によってボクサーとして期待された将来に暗い影を落とす。もう一人は、夢も笑いも半人前な “夢さがす”芸人ボクサー・宮木瞬(勝地涼)。大物俳優の二世タレントで、芸人としても鳴かず飛ばずの宮木は、自らの存在を証明するかのようにボクシングに挑む。三者三様の理由を持つ男たちが再起という名のリングに立つとき、飛び散るのは汗か、血か、涙か。
<大村龍太>
“夢あふれる”若き天才ボクサー。児童養護施設で晃と出会いボクシングに目覚めるが、過去に起こした事件によってボクサーとして期待された将来に暗い影を落とす。
大村龍太 × 北村匠海
龍太はずっとアウトローな世界を生きてきて、ボクシングに出会ったことで更生して現在は真面目に生きている青年。更生した後の好青年な雰囲気と奥底に残る半グレでアウトローだった彼の危うさがちぐはぐに重なり合っているキャラクターでした。
演じる上で龍太の「ちぐはぐさ」を
どう意識されましたか?
「軽さ」ですかね。監督からも「彼の軽さが出るといいね」と言われていたので、晃(森山未來)と接する時も「軽さ」を意識していました。加えて「何を考えてるんだろう」「誰なんだろう」という違和感が出るといいな、と思いながら。リングの上では彼の「軽さ」とのギャップが出るように本心むき出しの龍太の在り方を大切にしていました。
確かに龍太の「軽さ」には
明るさと謎めきがあると感じました。
龍太のタトゥーには何か意味はあるんですか?
きっと彼の場合は自分にタトゥーを入れて「自分を汚い存在にする」というのが存在価値だったんです。僕自身はタトゥーカルチャーに賛成派なんですが、龍太にとっては自己肯定のための一つの表現だったんだと思います。いわば彼の主張ですよね。
デザインは監督の指示で?
そうですね。左右の腕が確かドラゴンで首にクラウンが入っていて、みぞおちには文字が入っていました。みぞおちのタトゥーは作中ではあまり映っていないんですが、タトゥーの言葉の意味がかなりアウトローな意味なので映ってなくて良かったな…と(笑)。
裏情報ですね(笑)。
ボクシングを見るのと実際にやるのとでは
どういった違いや発見がありましたか?
すごい頭を使うし精神競技でもあるな、と思いました。実際にやってみるとすごく怖いのに、どこかで頭は冷静でなきゃならない。格闘技をやられていた方々が最終的にボクシングへいく意味が分かりましたね。本当に腕二本だけで戦う、何もかもを削り落とした男の意地を感じましたし、そこに胸が高まりました。
初のボクシングですが特に難しかったことは?
格闘技などを観るのは好きだったんですが、やるのは初めてだったので「殴る直前で拳を握る」だとか、動体視力を最大限に活かして「相手のパンチをギリギリで受ける」だとか、最初はすごく難しいことが多かったです。試合中はずっと相手の顔を見ていないといけないので目を鍛えるのが大変でしたね。
晃と龍太の圧巻の試合シーン、素晴らしかったです。
撮影中のエピソードを教えてください。
あのシーンは朝から夜まで2日かけて撮影しました。撮影前は本当のボクサーのように水を抜いて減量をして撮影の2日前からいきなり糖質を食べ始めて、そこからは糖質だけの生活が始まり…。筋肉をアップさせたり、実際のボクサーの皆さんと同じルーティンを全部やった上での撮影だったので、視界は焦点が合わないし身体はアドレナリンやいろんなものが出ているし、で変な精神状態でした(笑)。「ボクシングの試合ってこんな感じなのか」と不思議な感覚でしたね。2日間走り抜けてめちゃくちゃ大変でしたけど、やっぱり気持ちよかったです。ただ身体にはすごくガタがきていて(笑)。そういった痛みも含めて戦い抜いた幸福感を感じました。
「俳優」としてではなく
「ボクサー」として対峙した森山さんはいかがでしたか?
いや~やっぱりすごかったです。表現者として生きていらっしゃる森山さんのストイックさと柔軟なパンチ…何回も顔にもらいました(笑)。ボディーや肩にも本気でお互い打ち込んでいたんですが、アドレナリンが出ていたこともあり「痛さ」よりも「気持ちよさ」が先行していましたね。森山さん、強かった…普通にすごい強かったです(笑)。
是非、注目していただきたいシーンですね。
注目と言えばもう一つ。
初の父親役を演じてみていかがでしたか?
今まで父親役を演じたことがなかったですし、リアルに結婚しているわけでもないので不思議な感覚でした。龍太は25か26歳で結婚して子供がいて、と守るべき明確な対象がいる役。お嫁さん役だった萩原みのりちゃんとも同じ歳なんですけど夫婦として芝居上で過ごしてみて、「結婚って素敵だな」と思いました。その中でも子供が生まれるシーンは感激しましたね。龍太としては自身の過去を思い出して「カッとなってこの子に何かしてしまわないかな」という不安に見舞われる部分もあるんですが、それでもやっぱり誰かのために仕事をしたりお金を稼いだりすることは「いいな」と感じました。
Highlight of 『アンダードッグ』
『アンダードッグ』は負け犬3人の意地とプライドと感情のぶつかり合いを描いた作品。作品を観た時、僕個人としては3人があまりにも切な過ぎて心が苦しくなりました。そんな不器用な3人が拳を背負うことで生まれる何か、泥臭く土臭い男の格好悪い部分が作中ですごくキラキラと映っていると思います。あと、その男たちを支える女性の皆さんもそれぞれに描かれているのでそこにも注目していただきたいですね。個人的な注目シーンは試合前の朝食のシーン。撮影時に本当に塩分と糖分を抜いた生活をしていたので、あのシーンで久々にしょっぱい味噌汁を飲んだんです。めちゃくちゃ素で味噌汁が染みたリアクションが映っているので是非観てください(笑)。
北村匠海
きたむら たくみ
1997年11月3日生まれ。
世界の柔らかな部分を優しく汲み取り、繊細なカオスさを匠な演戯で“人の真中”に届けてくれる23歳。
映画『アンダードッグ』
2020年11月27日(金)前編&後編同日ロードショー
監督:武 正晴
出演:森山未來 北村匠海 勝地涼
瀧内公美 熊谷真美 水川あさみ 冨手麻妙 萩原みのり 新津ちせ 友近 秋山奈津子
芦川誠 二宮隆太郎 上杉柊平 清水伸 坂田聡 徳井優 佐藤修 山本博(ロバート) 松浦慎一郎 竹原慎二
風間杜夫 柄本明
チームクレジット
カメラマン:鈴木寿教
ヘアメイク:深見真也(Y’s C)
スタイリスト:鴇田晋哉
ディレクション:町山博彦
インタビュー・記事:満斗りょう