松坂桃李
映画『父と僕の終わらない歌』
「感情を抑えきれなかったラストシーンは、役者人生で初めてでした」
イギリスでSNSに投稿された1本の動画をきっかけに、80歳にしてCDデビューを果たした男性の奇跡の実話をもとに、舞台を日本に置き換えて映画化した『父と僕の終わらない歌』が、5月23日から公開されます。本作で、父の発病を機に実家に戻ったイラストレーターの間宮雄太を演じている松坂桃李さんに、役へのアプローチ法や父親役を演じた寺尾聰さんとの共演、さらに、作品のテーマでもある認知症について考えたことや学生時代に抱えていた葛藤などをお聞きしました。

©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会
<あらすじ>
息子の雄太(松坂桃李)のためにレコードデビューをあきらめた過去を持つ間宮哲太(寺尾聰)は、現在は横須賀で楽器店を営んでいた。町の人気者でもある哲太は、地元のステージでときどき歌声を披露しては人々の喝采を浴びていたのだった。そんな哲太がある日、アルツハイマー型認知症と診断され、雄太と妻の律子(松坂慶子)、そして彼の仲間たちは哲太を支えようとする。

「アルツハイマー型認知症」と診断された父・哲太の息子・雄太を演じるうえで、心がけたことや意識したことを教えてください。
まず始めに、寺尾さん演じる哲太の息子役としてちゃんとなじめるようにということを心がけていました。寺尾さんのお芝居に対して、僕自身も自然と溶け込んでいける柔軟さを身につけておかなければと思っていました。
雄太は昔、自分のパーソナルな部分について父親に打ち明けたことがあるのですが、それを自分の中でまだ消化しきれずに抱えているところがあるんです。そういった自分のパーソナルスペースに踏み込まれたときに、どれだけ感情の振れ幅が出せるのかというところもしっかりと意識するようにしていました。
役とご自身が重なった部分や、共感したところはありましたか?
今お話したことの続きで言うと、僕は親子だからといって、何でも話せるような関係でなくてもいいと思うんです。特に、父親と息子の関係においては、恋愛観など自分の心の内や深い部分のことまで話す必要はないかなと思っています。
親子特有の恥ずかしさや、言いにくさみたいなものって、きっと多くの方も思っていることだと思うし、同性だからこそ言いにくいことってあるじゃないですか。それが親子なら、なおさら言えないこともあると思うんです。そういうところは、自分との共通項としてあると感じましたし、年齢を重ねていくほど、そういうものかなと思います。

©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会
ときに言い争いになることもありましたが、寺尾さんが演じた父・哲太との親子関係がとても素敵でした。現場の雰囲気はいかがでしたか?
現場の空気感は寺尾さんが率先して作られていた印象があります。どの人にも分け隔てなく、本当に穏やかにフランクに接していらっしゃって。その柔らかさが、現場全体にどんどんと広がっていくようで、あたたかい空気がずっと流れている感じでした。
雄太と哲太さんが車の中で一緒に歌唱するシーンもありましたね。
いえいえ(笑)。歌唱というほどではないのですが、隣の席で歌っているのはプロの方ですから!そんな寺尾さんの歌声を真横で聞けるなんて、こんな贅沢なことはないですし、寺尾さんが役者として歌を歌うのを見るのが初めてだったので、そういった意味でもすごく貴重な時間でした。

哲太さんのライブシーンは、見ていて贅沢な気持ちになりました。
そうですね。寺尾さんがアーティストとして活動されているお姿はメディアでもよくお見かけしますが、僕は今回初めて『役者・寺尾聰さん』として歌われているお姿を拝見したので、とても新鮮でした。
アルツハイマーの病状が徐々に進行していく寺尾さんのお芝居が印章的でしたが、特に松坂さんが感情を動かされたシーンは?
どのシーンもそうですが、ラストシーンは自分でも感情を抑えきれなかったところがあって、それは僕自身、初めての経験でもありました。お芝居をやらせていただくようになって15、6年ほど経ちますが、こんなに感情が溢れてくるような経験は生まれて初めてで、それは寺尾さんに引き出していただいたものだと思っています。
「特にこのセリフが」というよりも、寺尾さんの声や空気感、眼差しなどが、僕自身の心を溶かしていくような体験で、お芝居を越えた時間が、一瞬流れた感じがしました。

雄太自身も抱えているものがあり、葛藤する姿も描かれていますが、松坂さんは何かに葛藤した経験はありますか?
もういっぱいあります!それこそ、学生時代は親から『大学はどうするの?』と言われても、『目標もやりたいことも、今は特にないしな』『でも、大学に行かないと就職できないんだろうな』とちょっと面倒に思っていた時期がありまして。その後、自分でも進路についていろいろ考え始めたのですが、特に親に相談することもなく、なんとなくずるずると生きていく中で、モヤモヤしたものはずっと抱えていました。そういう小さな葛藤の積み重ねみたいなものはたくさんありました。
そういった経験が、今「役者」として表現する上での、血となり肉となっているのでしょうね。
そうですね。やはり役者というお仕事は、自分の経験や体験したこと、見たり聞いたりしたことが役に反映されることが多いので、作品や役を作る上ではとても重要なヒントになり得るものだと、常々思っています。

松坂桃李
まつざか とおり
1988年10月17日生まれ。
入室時に一礼され丁寧に入ってこられた松坂さん。インタビューでもすごく気さくに楽しそうにお答えいただいていたのがすごく印象的でした。どの質問にも一つ一つ考えられて丁寧に答えてくださるので、どう話せば相手に伝わりやすいのかなど考えてくださるご配慮も聞いていて感じました。以前も変わらず物腰も低くどなたに対しても敬意を払う姿に素敵なお人柄だなとたくさん感じた取材となりました。
後編では、学生時代に聴いていた曲や作品にちなんだ質問をお聞きしております。お楽しみに!
最近の出演作に、ドラマでは、TBS『御上先生』(‘25)、TBS『スロウトレイン』(‘25)、Netflix『離婚しようよ』(‘23)、TBS『VIVANT』(‘23)、映画では、『パディントン 消えた黄金郷の秘密』(‘25)、『雪の花ーともに在りてー』(‘25)、『スオミの話をしよう』(‘24)などがあり、6月13日より、『フロントライン』、9月19日『ひゃくえむ。』の公開が控えている。

©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会
タイトル:『父と僕の終わらない歌』
公開日:2025年5月23日(金)
出演者: 寺尾 聰 松坂桃李
佐藤栞里 副島 淳 大島美幸(森三中) 齋藤飛鳥 / ディーン・フジオカ
三宅裕司 石倉三郎 / 佐藤浩市(友情出演) / 松坂慶子
原案: 『父と僕の終わらない歌』
サイモン・マクダーモット著 浅倉卓弥 訳(ハーパーコリンズ・ジャパン)
監督: 小泉徳宏
脚本: 三嶋龍朗 小泉徳宏
音楽: 横山 克
配給: ソニー・ピクチャーズ エンタテインメント
©2025「父と僕の終わらない歌」製作委員会
※Team Credit
カメラマン:鈴木寿教
ヘアメイク:古久保英人(OTIE)
スタイリスト:猪塚慶太
インタビュー:根津香菜子
記事:根津香菜子/有松駿