山田裕貴
映画『ベートーヴェン捏造』
“本当ってなんだろう”とものすごく考えた
音楽史上最大のスキャンダルの真実に迫った歴史ノンフィクションの傑作「ベートーヴェン捏造 名プロデューサーは嘘をつく」を実写映画化した『ベートーヴェン捏造』が、いよいよ公開されます。主演を務める山田裕貴さんに、作品にかける思いや、どのように役へアプローチしていったのかなど、撮影時を振り返りながら語っていただきました。

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<あらすじ>
難聴を患いながら、歴史に刻まれる数多くの名曲を遺した孤高の天才・ベートーヴェン(古田新太)。しかし、実際の彼は下品で小汚いおじさんだった……!? ベートーヴェンの忠実なる秘書・シンドラー(山田)は、彼の死後、世の中に伝わる崇高なイメージを“捏造”し、見事に“聖なる天才音楽家”に仕立て上げていく。だが、そんなシンドラーの姿は周囲に波紋を呼び、「我こそが真のベートーヴェンを知っている」という男たちの熾烈な情報戦が勃発! さらには、シンドラーの嘘に気づき始めた若きジャーナリスト・セイヤー(染谷将太)も現れ、真実を追求しようとする。シンドラーはどうやって真実を嘘で塗り替えたのか? 果たして、その嘘はバレるのかバレないのか―― ?

映画『ベートーヴェン捏造』への出演が決まった際の気持ちを教えてください。
バカリズムさんの脚本で演じられるんだ!といううれしさが大きかったです。古田新太さんとは、映画『ヒノマルソウル~舞台裏の英雄たち~』でご一緒したことがあったので、この作品もまた楽しく撮影が進みそうだなと思っていました。
最初に脚本を読んだときの感想は?
難しさを感じました。というのも、シンドラーはモノローグが多いんです。だから、実際にセリフを言う場面では、どれぐらいの熱量でやったらいいんだろうと。その後、モノローグが足されて……そのモノローグでもシンドラーはアツく語るので、映っている映像ではどれぐらいの熱をもって見せたらいいのか。さらに、モノローグによって説明を足された画を想像しながら演じるのが、すごく難しそうだなと思いました。
実際にモノローグが入ったものをご覧になっていかがでしたか?
最初に観たものは、アフレコの部分を、撮影をしているセットの裏の部屋で、仮の声(モノローグ)を録って入れただけで、完成度としてまだまだの状態だったんです。その後、2日間かけてキチンと声録りをしたものが入って、ようやくこれで完成したな、と思えました。
山田さんを通して見たシンドラーは、どんな人でしたか?
ヤバい人ですよね(笑)。もちろん、僕の考えが絶対に正しいとは思ってないです。だからこそ、ずっと考え続けているんですけど……世の中には、愛情さえあれば、もしくは「これは愛なんだ」と言いさえすれば、正しいのだと思ってしまう人、自分を正当化している人ってたくさんいると思うんです。でも僕は、それは愛ではないと思っているんです。だからシンドラーは、その“愛ではない人”ですよね。

ベートーヴェンへの“愛ではない愛”を正当化していると。
本作の予告編では、「歪んだ愛が捏造(スキャンダル)を生む」というようにキャッチーな表現になっていますが、愛情というものを履き違えた、ただのエゴですよね。使命感に燃えているけど、それ、誰にも頼まれてないよっていう。だから、ただの犯罪者ともいえる。でも!でもですよ、シンドラーに悪気はないんですよね。たぶん、きっと。ベートーヴェンを守りたい一心だったと思うんです。 “こうだ”と決めた瞬間に、もうその人のなかでは常識がそれでしかなくなってしまうというか。そういうところは、自分はシンドラーとはちょっと違うなと感じました。僕はたぶん、自分がこうだと思っていることがあっても、それを疑うことができるから、大丈夫だなと思っています。
本作の製作報告会見で、山田さんのシンドラーを見たバカリズムさんや古田さんから「いいキモさだった」と賛辞を贈られていましたね。
そう言ってもらえるのは、すごくうれしいです。実際に、シンドラーがセイヤーと口論になるシーンでも、セイヤーの言葉がまったく響いてないですからね(笑)。そこの染谷(将太)さんのお芝居が、素晴らしかったんです。いつもの僕だったら、そういう熱のあるお芝居を受け取ると、つい自分の心が反応して、お芝居もアツくなってしまうのですが、あのシーンは抑えた表現にしたんです。
あえて。
現場では、監督に「熱意を込めて」と言われたんです。でも、あのときのシンドラーは、セイヤーに対して“何を言ってるの?”ぐらいの気持ちだったと思ったので、「いや、ここは抑えたお芝居のほうが絶対にいいと思うんです」と言ってやらせてもらいました。完成した画を見たら、見事に何も悪いと思ってなさそうに映っていましたね(笑)。だから、キモいというのは、視覚的なキモいじゃなくて……そういう考えに至ってしまうことが理解できないというか。でも、そういう理解できない人って、世の中にたくさんいそうですよね。自分を含めですけど。
自分を含め!?
僕、自分の凝り固まった信念とか、嫌だなと思うこともあるんです。なんで、そんなことにとらわれて一生懸命になっているのか、わからなくなるときがあるというか。なんていうんだろうな……自分から檻のなかに入っていってる、みたいな。自分の信念とか、自分で正しいと思っていることなんて、正直、どうでもいいときがいっぱいあるんです。きっとそういう信念というのは、“これまで、自分はこう生きてきたから”ということに基づいていると思うんですけど。それを必要に応じて捨てられるかどうかが、ここから先、30代後半から40代に向けて進化していくためのカギになる気がするんです。

それは、なぜ?
凝り固まった考えというのは、結局、自己満足でしかないから。邪魔だなと思うときもある。だったら、液体のように縦横無尽に、流れるところに流れられるほうが……だけど、自分が行きたいところには、ちゃんと主体性を持って行けるほうがいいなと思って。
たしかに。
この間、ご高齢の方と話す機会があったんですけど。会話のなかで、「あの時代はこうだった」「あの時代はこう生きていた」って、その方がそうだったというだけで、必ずしもそうとは限らないと思うんですが、すごく視野が狭くなっちゃっているなと感じたんです。きっと、「それは昔の考え方であって、今はこうなんだよ」と話せる場やコミュニティに行く機会が少なくなっていくというのもあると思うんですよね。もちろん、自分の生きてきた道に誇りを持つのは大事だけど、そこにとらわれてしまうのはもったいないと思ったんです。
そうですね。
僕みたいな職業だと、いろんな人に会うので、いろんな考えを聞ける。でも、自分と似たような考えの方同士で話していると、考え方も固まってしまう。シンドラーに対しても、それと一緒の感覚なんです。あの環境、あの状況でああなってしまうのはしかたない。理解はできるけど、僕自身はそういう生き方はしないなと。
その感覚を、役作りの際にはどのように落とし込んでいったのですか?
僕は、キチンと客観視することができる。ということは、冷静に考えられる心と頭を持っているということなので、そこを膨らましていく感覚です。僕がシンドラー側に突き進んでしまった場合、どういう表情になるんだろう?とか、どういう心持ちになるんだろう?とか、そういうことを考えました。ただ、シンドラーを悪者にはしたくなかったんです。可愛げはあってほしいから。“ベートーヴェンへの純粋でまっすぐな思いから、そうなってしまったのだ”と見えるように。そこは大事にしました。

関監督は音楽にも造詣の深い方ですが、今回、ご一緒してみていかがでしたか?
素晴らしいなと思いました。音楽のつけ方だったりとか、編集のしかただったりとか。この作品て、ホントに難しいと思うんです。ほとんどがLEDの前での撮影で、シーン数も全部で147だったかな?画面の展開が多くて、モノローグも多いので。日本の映画として、新しい試みなんじゃないかなと思うんです。それなのに、完成したものを観ると、そういう技術的な新しさよりも、“あっ、こういう切り口の作品なんだ”と、内容がちゃんと伝わってくる。ホントに素晴らしいと思いました。僕なんかが言うのはおこがましいですけど。「ここはこういうシーンですよね」「僕はこういう思いでやりますね」みたいなすり合わせをしなくても、自然とすり合っていた感覚がありました。
なかでも、セイヤーとの口論の後、シンドラーが「使命を果たしたのだ」というモノローグとともに歩くシーンの表情がとても印象的でした。
あのシーンは、シンドラーがセイヤーに最後の言葉を投げて、彼のことを見つめるまでが現実で、モノローグの後は、想像のなかの道を歩いているんです。現実世界でシンドラーがあそこまで表情を顔に出すかといったら、それはないと思うんです。だからあの表情は、シンドラーが現実にした顔ではなく、心のなかの顔だと思って演じていて。
というと?
あの時代に“ベートーヴェンを守る”というのは、ある種、音楽業界が起こした戦争みたいなものだと思うんです。それを、シンドラーは完全掌握した。 “ここからは、自分がコントロールしていかようにもできる”という感覚になった。だけど、その結果がベートーヴェンの思いかどうかはわからないという。それが、あのシーンに出ればいいなと思っていました。
完成した作品をご覧になっての感想を教えてください。
“あっ、この映画って、こういうことを言いたかったんだな”ということがすごく伝わるものになっていたというか。真実というのは、誰かが介入した時点でなくなっていくんだなと。本人の言葉だったり思いだったりは、本人、あるいは、本人の魂をちゃんと受け取りながら関わった人にしか知り得ないことで。ほかの誰かが語ることには、その人の主観が入っているから。もしかしたら歴史というのは、いろんなふうに美化されていったり、逆に悪く言われていくものもたくさんあるのかもしれないと思うようになりました。なので、僕自身はあまり語られたくないなと。

それは、なぜ?
本当の僕の意図や、本当の僕の心をそのまま伝えることが難しいと思うので。今、こうやって話したことも、細かいニュアンスを文字に乗せることは難しいし。テレビ番組とかでも、かいつまんだものが放送されて、「そういう意図で言ったんじゃないんだけどな……」と思うこともあるし。だから僕、ものすごく考えたんです。“本当”ってなんだろうって。
結論は出ましたか?
「本人から直接聞いてあげてください」と言ってくれる人のほうが信用できるなと。「裕貴の気持ちはわかってるから」と言う人ほど信じられないというか(笑)。僕が尊敬している人たちは、「裕貴はどう思ってるの?」と、ちゃんと聞いてくれる人が多いんです。この作品は、まさにそういう視点に立って、ものすごくグサグサと刺していく映画だなと思いました。
本作の公開を楽しみにしている方へメッセージをお願いします。
たくさんの人に観てもらいたい。そして、たくさんの人に感じてほしいです。何かについて語るというのは、ものすごく難しいことなんだなと。あと、個人的には、観てくれた方の感想が気になります。だから、ぜひ、感想をたくさん聞かせてください。お願いします!

山田裕貴
やまだ ゆうき
1990年9月18日生まれ。
物腰が低く、マイペースに登場された山田さん、インタビューでは熱く、それでいてとても真剣な眼差しでいろんな話をしてくださいました。また真剣な話の合間には、すごくお茶目でユーモア溢れる回答に周りも微笑んでしまう瞬間がたくさんありました。映画の撮影時では複数の映画を撮影されていたりと、すごく多忙だったことも教えていただき、そのお話にスタッフは驚愕でした。そんな中でも明るく、伝えたい軸がしっかりされているお話しっぷりに、終始圧倒されるインタビューの時間となりました。
後編では役者業から好きなディズニー作品についても迫っています。お楽しみに!
最近の出演作に、テレビドラマでは、フジテレビ『君が心をくれたから』(‘24)、TBS『ペンディングトレイン-8時23分、明日 君と』(‘23)、フジテレビ『女神の教室〜リーガル青春白書〜』(‘23)、映画では、『ゴジラ-1.0』(‘23)、『キングダム 運命の炎/キングダム 大将軍の帰還』(‘23/24)などがあり、2025年7月には、『木の上の軍隊』が公開、同年10月には『爆弾』の公開が控えている。

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タイトル:『ベートーヴェン捏造』
公開情報(公開日): 9月12日(金)全国公開
配給クレジット:松竹
キャスト:山田裕貴、古田新太、染谷将太、神尾楓珠、前田旺志郎、小澤征悦、生瀬勝久、小手伸也、野間口徹、遠藤憲一
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※Team Credit
カメラマン:鈴木寿教
ヘアメイク:小林純子
スタイリスト:森田晃嘉/AKIYOSHI MORITA
インタビュー:林桃
記事:林桃/有松駿