宮沢氷魚
映画『エゴイスト』
中村龍太として生きる自分の姿が
そのまま映し出された感覚
献身的な愛をテーマに描かれた『エゴイスト』は、数々の名コラムを世に送り出してきた高山真氏の自伝的小説が原作。主人公の斉藤浩輔は故郷から遠く離れた土地・東京で人を愛することの喜びを知り、愛を与えることで自身も満たされていく。そんな身を尽くした愛情を受ける恋人こそが、宮沢氷魚が演じる中村龍太という青年だ。登場人物たちの心情に寄り添うドキュメンタリータッチの映像は、演技という概念を感じさせないほどリアリティがあり、「脚本を当て書きしたのだろうか?」とさえ思う巧みな表現力が心を掴んで離さない。その境地に至るまでに、きっと途方もない努力と思考の日々があったのだろう。宮沢氷魚が中村龍太と分かり合うまでのことや、自身が思う「愛」についてをお聞きしました。
映画『エゴイスト』R15+
2023年2月10日(金)全国ロードショー
© 2023 高山真・小学館/『エゴイスト』製作委員会
<あらすじ>
14歳で母を失い、田舎町でゲイである自分の姿を押し殺しながら思春期を過ごした浩輔。今は東京の出版社でファッション誌の編集者として働き、自由な日々を送っている。そんな彼が出会ったのは、シングルマザーである母を支えながら暮らす、パーソナルトレーナーの龍太。惹かれ合った2人は、時に龍太の母も交えながら満ち足りた時間を重ねていく。亡き母への想いを抱えた浩輔にとって、母に寄り添う龍太をサポートし、愛し合う時間は幸せなものだった。しかし2人でドライブに出かける約束をしていたある日、何故か龍太は姿を現さなかった。
中村龍太という人物について感じた印象は?
すごくピュアで真っ直ぐな人。それゆえに母親や大切な人のことを優先し、自分のことを常に後回しに考えてしまうんですよね。とても素直な性格ではあるものの、自分の本当にやりたいこと、感じていること、言いたいことを上手く表に出せない不器用な部分を持った人だと思います。
新人賞を受賞した初主演映画『his』と同じく
同性愛者の役柄。撮影前に役作りとして
取り組まれたことは何かありますか?
初めて同性愛者役を演じた『his』のときは、ゲイの友人に協力してもらって色々と話を聞いて挑みました。話を聞く中で、僕が多少失礼なことや間違ったことを言ってしまっても、友人は悪い気分にならずさらっと訂正してくれて。すごく助けてもらったんです。今回の『エゴイスト』では友人に話を聞くのではなく、同じ空間で過ごす時間を増やしました。仕草や行動を表面的に真似して演技するのは簡単ですが、個人が持つ空気感とか温度感っていうのは、やはり同じ時間を過ごしていかないと感じられないことですし。日常会話の中で友人が持っている雰囲気や喋るトーン、物事に対する考え方など学べるものがたくさんありました。それらを自分の中に吸収してみたら、龍太を演じるときに自然と表現できたというか…。無意識の領域になるので上手く言葉にできないのですが、頭で考えなくとも、友人の持つ空気感が龍太に反映されていたのかなと思います。
松永監督はクランクイン前に
入念なリハーサルをするそうですが
それも龍太の空気感を
自然に表現できた理由のひとつでしょうか?
もちろんそれもあります! 台本や台詞はあるものの、僕たちは即興のお芝居しながら、監督からのミッションを達成させるという内容のリハーサル…というかワークショップをおこないました。たとえば母親役の阿川佐和子さんと対面するシーンで、僕は「阿川さんに物を渡す」ミッションが、阿川さんは「受け取らない」という真逆のミッションが与えられています。でも、それぞれにミッションが与えられていることをお互い知らないんですよ(笑)。なので、そのままお芝居していくと当然上手くいかない。でも僕と阿川さんはどうにかミッションを達成しようとするので、お芝居の中でどんどん焦りやリアルな感情が出てくる。ふとした瞬間の表情や言葉のチョイスに素の自分が出てしまう瞬間もあるのですが、それこそが監督の狙いだったみたいで。リアリティのある様子がすべてカメラにおさめられたおかげで、クラインクインする頃にはカメラを意識せずに「中村龍太」でいることができました。
台本にない部分の作り込みに
生かされているのですね!
キャラクターの理解度を高めることにも
繋がりましたか?
役柄に踏み込むこともできたし、何よりこのワークショップは、僕たちをカメラに慣れさせる目的があったと思います。この映画は各キャラクターの日常をそのまま映し出したような、ドキュメンタリーに近い撮影方法なんですよ。普段ならカメラの画角に対する映り方などを考えて演技をしますが、今回はそのあたりを考えないでいられる現場でした。それはきっと、ワークショップの時点でカメラマンの池田直矢さんへの信頼感があったから。撮影中はカメラで撮られていることを忘れちゃうくらい自然体で、僕たちだけの世界で生きていたなと思います。
撮影現場はどのような雰囲気でしたか?
ワークショップがあったので、演者たちのベースとなる関係性やお互いの温度感がなんとなく分かった状態で撮影初日を迎えられました。「初めまして」からいきなり親密なシーンが始まるとか、独特の緊張感がないのはありがたかったですね。ただ、クランクインしてからの撮影は毎回密度が濃くて…。気持ちを1回1回深く作り込みながら挑むので、カットがかかった後はものすごく疲れていました。そんな監督に試されているような感覚は楽しさもありながら苦しくもあって、共演者のみなさんともその気持ちを共有していました。
密度の濃い撮影の中で、
もっとも印象的なシーンはありますか?
とくに大変で印象的だったのは、龍太と浩輔がお互いの本音を打ち明けるシーン。何回やってもなかなか納得のいくものにならず、監督が「あとでもう一回やろう」と粘ってくれて。撮影を一旦中断してその日の最後にリトライすることになったんです。そこからまたさらに時間がかかってしまい、僕自身できない自分に対する苛立ちが募っていって…。それが結果的に、龍太が抱えているフラストレーションとリンクして感情を爆発させることができ、監督からOKが出たときは涙が出ました。
本作のテーマである“献身的な愛”をはじめ、
さまざまな愛の形が描かれています。
宮沢さん自身はどのように愛情表現されるか
教えていただけますか?
僕の愛情表現は“会うこと”ですかね。僕は国内と海外に親族や友人が住んでいて、これまでも連絡は取っていたけど、やっぱり直接会うことでしか伝わらないものがあるよな…と。人生の中で大切な人と会える時間は限られていることを、コロナ禍になってからより意識するようになりました。なので、コロナの感染拡大がすこし落ち着いた頃、久しく会えてなかった母親にちょっと奮発したコーヒーメーカーをプレゼントしたんですよ。コーヒー好きの母に美味しいコーヒーを飲んでもらいたくて、「どれがいいかな」と考えながらじっくり選んで。こんなふうに誰かを思い浮かべて買い物する時間やプレゼントにかけたお金なんかも、愛情を感じられる表現のひとつですよね。でも僕にとっては、母と一緒に新しいコーヒーメーカーをセッティングしながらおしゃべりしていた時間がなんだか愛しく思えました。説明書を見ながら「どこを押せばコーヒーが出るの?」、「こまめに掃除すると長く使えるよ」、「ちゃんと使いこなせるかなぁ」…とか、他愛のないやりとりは直接会っているときにこそ生まれるもの。その日常的な瞬間も大切にしていきたいですね。とりあえず、母はコーヒーメーカーの掃除を面倒くさがってしまうみたいなので、ちゃんと掃除しているか定期的に訪ねてチェックしようかと思っています(笑)。
宮沢氷魚
みやざわ ひお
1994年4月24日生まれ。アメリカ出身。
ドラマ「コウノドリ」(’17)で俳優デビュー。以後、ドラマ「偽装不倫」(’19)、連続テレビ小説「エール」(’20)などに出演。初主演映画「his」(’20)にて数々の新人賞を受賞、また、映画「騙し絵の牙」(’21)では、第45回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞した。2022年には、NHK連続テレビ小説「ちむどんどん」に出演。映画「THE LEGEND&BUTTERFLY」、映画「エゴイスト」が公開中。
彼の愛情深さを感じさせる大らかな人柄は「受けた恩は倍にして返す」という彼のポリシーの現れ。透明感と求心力のある瞳で見るものを虜にし、躍進していく姿に注目していきたい。
映画『エゴイスト』R15+
2023年2月10日(金)全国ロードショー
© 2023 高山真・小学館/『エゴイスト』製作委員会
出演:鈴木亮平、宮沢氷魚、中村優子、和田庵、ドリアン・ロロブリジーダ、柄本明、阿川佐和子
原作:高山真「エゴイスト」(小学館刊)
監督・脚本:松永大司
脚本:狗飼恭子
音楽:世武裕子
LGBTQ+inclusive director:ミヤタ廉
※Team Credit
カメラマン:涌井光
ヘアメイク:Taro Yoshida (W)
スタイリスト:庄将司
インタビュー・記事:井上ハナエ