春は彼方
第三話
作 山中柔太朗
黒い大きめのリュックを肩から下ろし、一番後ろから2番目の2人がけの席に腰を下ろす。
今日はお気に入りの一番後ろの席が空いていないな。
大学まではバスで7分ほどで着く。
「目の前にバス停がある物件がいい」と言ったのはゆりちゃんだった。
首にかけている無線のイヤホンをそっとマスクが取れないようにゆっくりと耳に運ぶ。
今日は一限に間に合う時間のバスに乗った。
いつものプレイリストの気分ではないな。
だからといって聞きたい曲があるわけでもない…。
下の方まで指をスクロールさせると中学の時に作ったプレイリストがあった。
激し目のロック、綺麗なハイトーンボイスで今や日本の頂点のバンドとエモい歌詞と歌声で数々の名曲を作っているバンドの2組で曲がまばらに並べられていた。
特に聞きたいものはなかったが吸い込まれるように指でタップし、シャッフル再生する。
「音楽はその時々の思い出を蘇らせてくれる。」
好きなバンドのボーカルが記事でそんなこと言ってたっけな。
綺麗なピアノのイントロが流れると頭の中がふらっと熱くなる気がした。
中学に入った僕は優等生で、そこそこの成績を残していた。
ソフトテニス部に入っていたが一年の時に辞め、勉強に専念した。
部活が好きじゃなかったし勉強で結果を残せればいいと思っていた。
おかげで定期テストではいつも一桁代の順位だった。
それに比べて葵は成績は悪いし、適当で、身の回りは汚いし、先生にだって毎日のように怒られていた。
部活だって、サッカー部として辞めてはいないが3年間ベンチだったと思う。
…なんというか、
心のどこかで僕はずっと葵のことを笑って見ていた気がする。
でも、学生の頃から葵は友達は多いし彼女だって何人もいた。
友達みんなに優しくて、先輩にも後輩にも愛される。
俺と違って明確な目標もあるし、趣味だって何個もある。
習い事を辞めることなんてなかったし、何か行動する時いつも葵から声をかけてくれる。
今だって夢を見つけて美容専門学校に通っている。
これって、目標も無く、なんとなく大学に入った僕より人生をより強く楽しく生きているのかもしれないな。
僕は頭の中の白い霧が一点だけ晴れた気がした。何か大切なことに気がついた気がした。
僕は葵のことをずっと心のどこかで上から眺めていたんだ。
ふと鼻の奥がなにか懐かしい匂いで覆われる。
すると耳の奥底でうっすらとなる音楽の、ギター、ベース、ドラムの音がゆっくりと消えた。
ボーカルの美しい声とピアノの音がアンバランスに重なり合う。
と思うとすっとピアノが消えボーカルが歌い上げる。一気に全楽器が入ってくる。
気づくと前が見えなくなっていた。
目を瞑ると頬骨を内回りに涙が流れていく。
同時に大学前バス停に着く。
急いでポケットティッシュを取り出し、下を向いて拭った。
そのまま落とし物も確認せず平然を装いまっすぐ降りる。
前髪を限界まで下げ、マスクを少し上にずらした。
深呼吸をし、大学へと入っていく。
自分が愚かに感じた、
ゆりちゃんの美しく弾けるような笑顔が浮かぶ。僕の涙は止まらなかった。
【著者】
山中柔太朗(やまなか じゅうたろう)
2001年12月23日生まれ。
スターダストプロモーション『恵比寿学園男子部(EBiDAN)』のメンバーであり
ボーカルダンスユニット『M!LK』では、担当カラー・クリスタルホワイトを担う。
M!LKは、2014年11月結成、佐野勇斗、塩﨑太智、曽野舜太、山中柔太朗、吉田仁人からなる5人組ボーカルダンスユニット。 〝今この瞬間の感情〟を収めた楽曲や、エモーショナルで強いメッセージ性が話題を呼び、注目を集めている。 グループ名には「何色にも染まることの出来る存在に」という意味が込められており、メンバーは音楽活動に留まらず、ドラマ、映画、舞台、モデルと幅広く活躍している。 2019年にリリースした結成5周年アニバーサリーシングル「ERA」はトータルセールス10万枚を超え、ゴールドディスク作品として認定された。 2020年3月11日には待望の3rd AL「Juvenilizm-青春主義-」をリリース。