春は彼方
第五話
作 溝口琢矢
あれから僕は、意識的に家にいる時間を減らすようになった。二人に気を遣ってとかではなくて、どんな顔で二人と接していいのかが分からなかった。
「どうしよう……」
誰もいないカフェで無意識に口を突いて出てしまう。そこに1通のLINE……いや、一大イベントが舞い込んできた。
『お疲れさま!今日、もし時間あったら一緒に買い物行かない?』
ゆりちゃんだった。
思いもよらない内容に一瞬にして目が覚めた。そして読み返す。……ちゃんと現実だ。
『うん、大丈夫だよ!どこに行けばいい?』
……反射的にそこまで打ってしまったところで、ふと我に返る。果たしてこの状況でゆりちゃんと二人で買い物に行っていいのだろうか。そもそも行けるのだろうか。
そんな迷いを見透かしたかのように、今度は電話が来た。
ブブブ、ブブブ、ブブブ……
出ても無言で固まる自信しかない。取らずにいるとすぐに電話は止んだが、急かされるように返信をした。
『ごめん、今お店にいて出られなかった。ちなみに何買いに行くの?』
ゆりちゃんの返信が早すぎて全く心の整理ができない。
『んー、目的は決まってるんだけど、何買うかは秋人くんと決めたいから、時間あったら付き合ってほしいな~って思って!』
なんだそれは。またしても返信に困っていると、続けてゆりちゃんからLINEが来た。
『迷惑だったかな…?』
そんなことはない。そんなことはないが、なんて返したらいいのか分からない。ああ、こんな時どっかの主人公だったら迷わずに行くと言えるのだろうか。僕にはとても無理だ。会ったら確実に葵とのことを聞いてしまう。気まずい空気を作ってしまう。それは嫌だ。よし、ちゃんと断ろう。
『分かった。どこに行けばいい?』
……。
我ながら単純すぎて呆れた。でも好きな子から誘われたのだ。断れるわけがなかった!
待ち合わせ場所は新宿御苑。あまり聞き慣れない単語だったが、調べたらすぐに出てきた。
電車に揺られている間のことはあまり覚えていない。この2ヶ月というインターバルが、僕に落ち着きを取り戻させてくれたのかもしれない。
「急にごめんね」
「いや、大丈夫だけど、何買うの?」
「その前に、ちょっと散歩したいんだけど良いかな?」
ゆりちゃんはそう言って、入場券を渡してきた。どうやら、リフレッシュをしたい時に一人でここに来るらしい。
入ってすぐ、僕は驚いた。感じたことのある匂いがした。初めて訪れるはずなのにとても心地良かった。まだ桜も落ちきっていなくて、花びらがちらほら風に舞っている。心も身体も次第に落ち着いていった。大都会にこんな所があったなんて……。彼女がここに来る理由がよく分かった。それからお互い無言のまま15分くらい歩いたところで、ゆりちゃんが口を開いた。
「今日さ、葵くんの誕プレを買おうかなって思ってるんだけど…」
……完っ全に忘れていた。
そういえばもうすぐあいつの誕生日だ。
去年は3人で焼き肉行って、そのままカラオケオールしたっけ。なぜか遠い昔のように思えた。
「…いろいろ考えてみたんだけど、やっぱり葵くんのことは秋人くんが一番よく分かってると思ってさ。」
「いや、そんなことはないでしょ。っていうか何でも喜ぶよ、ゆりちゃんから貰うものなら。」
「そんなことあるよ~最近あんまり話もしてないし…」
「え、そうなの?」
「うん、なんだか避けられてるっていうか…」
「そうなんだ…。まぁ、付き合ってれば喧嘩の1つや2つあるでしょ。」
「え?」
「でもあいつも堅いところあるから…」
「ちょっと待って」
「ん?」
「…付き合ってないよ?」
「…え?」
「…私たち、付き合ってないよ?」
……え?
僕は地面に根を張ったかのようにその場から動けなくなった 。
【著者】
溝口琢矢(みぞぐち たくや)
1995年5月9日生まれ。
近年の主な出演作にTBS「ノーサイド・ゲーム」、EX「アリバイ崩し承ります」、EX「相棒 season18」、BSフジ「CODE1515」などがある。シェアハウス系青春活劇バラエティ「モンスターライフ」が仙台放送(フジテレビ系)で毎週金曜放送、YouTubeで毎週月曜配信中。