水上恒司
映画『九龍ジェネリックロマンス』
未熟さはあるけどスクリーンに映っているものがすべて
眉月じゅんの人気マンガ「九龍ジェネリックロマンス」が、TVアニメ化に続いて待望の実写映画化!映画版で水上恒司さんは、誰にも明かせない過去を持つ工藤 発を演じます。W主演を務める水上さんに、自身の演じる工藤というキャラクターについての思いや、彼の感情を落とし込むのが大変だったという役作りについて伺いました。

©眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
<あらすじ>
懐かしさ溢れる街・九龍城砦の不動産屋で働く鯨井令子(吉岡里帆)は、先輩社員の工藤 発(水上)に恋をしていた。工藤は九龍の街を知り尽くしており、令子をお気に入りの場所に連れ出してくれるが、距離は縮まらないまま。ある日、工藤と立ち寄った金魚茶館の店員・タオ・グエン(栁俊太郎)に工藤の恋人と間違われる。さらに、令子が偶然みつけた1枚の写真には、工藤と一緒に自分と同じ姿をした婚約者が写っていた。思い出せない過去の記憶、もう一人の自分の正体、そして、九龍の街に隠された巨大な謎。過去・現在が交錯する中、恋が秘密を解き明かす――。

映画『九龍ジェネリックロマンス』への出演オファーを受けたときの感想を教えてください。
僕が演じた工藤 発は、34歳なんです。今までにも実年齢より上の役を演じることはあったのですが、30代(の役)は演じたことがなくて。しかも、ただの30代じゃない……闇を抱えているというか、痛みをかなり持っている人だったので、「そういう役を演じられるけど、おまえはどうする?」と問われていることが、とてもうれしかったです。もちろん期待に応えられるかどうかわからないですし、実際に撮影中は、現実的な……具体的な作業に対する苦しみというか、大変さはありましたが、オファーを受けた段階では、120パーセント応えたいと思いました。
作品を読んでの印象は?
余白というか、そういう部分をわかりやすく表現しているというか。迷っているわけではないけど、いったんこれが正解だよねっていう……。最近、「無知の知」という言葉を見つけたんですけど。その言葉を目にして、もちろん無知とは違いますが、(原作者の)眉月(じゅん)先生は、きっと完全には分からないであろうことを、分かったふりをするのではなく、あえて余白として残しておくという選択をしているのではないかと推測しました。だからこそ、この作品にはある種の委ねる力がある。読者の方々に委ねて……それこそ今、原作に対するいろんな考察が生まれているらしいじゃないですか。そういったところに魅力があるのではないかなと、僕は思いました。
工藤 発を、どういう人間だととらえていますか?
常にふざけていますよね。誠実ではない。でも、誠実に生きることが、いいことなのかと言われたら、僕はそうではないと思うんです。個人の生き方として、たくさんある選択肢のなかの一つでしかないというか。工藤みたいな生き方もあるでしょうし、自分の心身を削りながら生きている人もいるでしょうし。それは、それぞれの自由じゃないですか。というなかで、工藤は工藤の生き方をしていると思うんです。

工藤には工藤なりの生き方があると。
男って、弱いじゃないですか。37度5分ぐらいの熱が出ただけで、もう死んじゃう!みたいな(笑)。肉体的な力は強いんだけど、生命として弱いというか、脆いというか。今回、工藤を演じるにあたりカラダを大きくしたのですが、その外見とは裏腹に、内面の繊細さを表現したいなと。工藤が令子を抱きしめるシーンで、物理的には工藤が抱いているんだけど、同時に令子に抱かれているようにも見えたらいいなと思ったんです。そういう男のダメさ……“おまえ、ダメな男だよな”という工藤を作りたかったですし、そういうふうにとらえていました。
ちょっとダメなところが、工藤の魅力になっていると。
魅力なんだと思います。でもたぶん、一般的にはモテるタイプではないですよね(笑)。僕ら男は女性に選ばれる側ですが、女性が恋人や結婚相手を選ぶ際の現実的な考え方も理解できます。ただ、工藤の弱さというか、人間としての脆さみたいなものは、絶対に女性も持っているわけですから。「お互い様だよね」って、受け入れてくれる人がいてほしいなと思いましたね。工藤を生きながら。
そんな工藤は、ご自身のパーソナリティとは離れていますか?
いやぁ、遠からず近からず、ですかね。僕は当時25歳で、34歳の思考というのは想像することしかできないから。こうかな?と想像はするけど、34歳の自分が工藤のようになっていくのかなって考えると、決してそうとは思えない。そういう意味では、僕とはまったく違うといえば違うんですけど。自分のなかにないものは作れないので、やはり僕のどこかに要素はあるんですよね。僕もTPOでというか、一緒にいる人や場所によって、芝居とまでいかないですけど、自分の役割を考えて演じることがあるんです。だから、工藤が自分の弱さを隠したいと思っている……たぶん本人は気づいていないけど、隠そうとするところにはすごく共感します。

もしかしたら、水上さんが34歳になったときには、共感できる部分が増えているかもしれないですね。
いや!もっといい男になりたいです(笑)。
役にアプローチするうえで、どんなことを意識しましたか?
痛みと弱み?……痛みですよね、きっと。それを隠そうとする人間の性みたいな。僕は、大切な人、家族や恋人や友達を失ったことがないので、まだまだその痛みを本当の意味ではわかっていない、いわば素材の状態なんです。だから、失いたくない、失ったらどうなるんだろうというところを想像して、それをぶわっと引き上げて、広げていく作業が一番大事だなと思ったんです。
なるほど。
そういった、痛みを隠そうとしている……本編の前半では、痛みなんてまったくなさそうに見えるけど、絶対に何かを抱えているよな、というところが工藤の魅力というか、この作品においての大きな役割ですから。それを、いかに体現できるか。(監督の)池田(千尋)さんを筆頭に、吉岡(里帆)さんや現場のスタッフのみなさんと一緒に作り上げていった感覚があります。

結果的に、どこまで痛みの感覚を引き上げられたのでしょうか。
どうなんでしょうね。引き上げようという努力はしましたが、やはり未熟というか、至らない点はめちゃくちゃあると思います。そこはもう、否めないです。実際に僕は大切な人を失った経験がないし、かといって、大切な人を失ったときの感情を理解したいからと言ってすぐにその経験ができるわけでもないですから(笑)。それこそ、想像したものでしかない。そういう意味では、スクリーンに映っているものがすべてかなと思います。
とはいえ、自分のなかにまったくないものを引き上げることはできないと思うのですが、ご自身のなかにある近い感情を探すのですか?
たとえば、悲しいから悲しい顔をする、みたいに単純ではなく、“直接的ではない表現のしかた”というものを、最近よく考えているんですけど。工藤に関しても、恋人を失った経験があるから、悲しみというよりも、“おまえが消えてしまうのがイヤなんだ”という、ちょっと違うベクトルの感情なんですよね。なので撮影中は、工藤の裏返しの感情みたいなものをぶつけるという手法をとっていた気がします。
とても難しそうな……。
でも、おっしゃるとおり、ゼロから1にするのってすごく難しいです。しかも、カメラの前でそれを作っていくというのは、なかなか難しい作業で。自分のなかに0.0000001ぐらいある工藤のエッセンスを入れて、それをぐわっと広げていく、みたいな。それぐらい地味な作業をやっている感覚でした。でも、その地味な作業がすごく大事だったりするんですよね。

感情の引き出しを増やすために、普段から意識的に行っていることはありますか?
誠実に生きる、くらいかな。真っ当にというか。全部正しいことをするとかではなく、自分がなぜ、そういうときにそういうことを思ったのかを考えたりはします。時には、負の感情や醜い部分も出てきますよね。そのときに、その感情をしっかり味わうとか。あとは、物事に対してどう向き合っているか……日々の向き合い方ですかね。ということしか僕は意識できないというか、それに尽きると思います。
そういった感情を味わうときに、書き留めたりも?
役作りのためのノートはあります。
そこには、どんなことが書かれているのですか?
役者の仕事とはまったく関係のないところで聞いた話や言葉とか。それを書き留めておいて、何カ月後、何年後に見返すと、“あっ、このとき、こんなことを思っていたんだ”みたいな発見があったり、役を生きる際のヒントになったりするんです。

ノートに書き始めたのは、いつ頃ですか?
最初に書いたのは、いつだろう?デビューして1年ぐらい経った頃だと思います。
ノートを見返す頻度は高い?
いや、そこまでではないです。でも、新しい作品に入るときとか、折に触れて見返すと、“あー、今、この感覚がちょっと薄まっているな”とか“ここから、もっと違うことを考えるようになったな”とか、いろんな気づきがあります。
ちなみに、工藤という役にアプローチする際に書き込んだことはありますか?
この作品の撮影が始まった当初に、先ほどお話しした“痛み”について書いたと思います。

本作の公開を楽しみにしている方へ、ひと言メッセージをお願いします。
ひと言……飯テロ映画です(笑)!劇中にはいろんな料理が出てきますが、特に水餃子はうまかったです。

水上恒司
みずかみ こうし
1999年5月12日生まれ。
テレビなどでのイメージ通り真面目で誠実な水上さん。漢(おとこ)という漢字が本当にぴったりなくらい熱く、まっすぐな言葉が印象的でした。時折、ユーモアのあるお茶目な一面で、周りにも笑いを誘うような言動に自然とこちらも笑みが溢れる瞬間がありました。後編では、役者水上恒司の大事にしているものや過去に触れていきます。お楽しみに。
最近の出演作に、テレビドラマでは、WOWOW『怪物』(‘25)、フジテレビ『ブルーモーメント』(‘24)、テレビ朝日『黄金の刻〜服部金太郎物語〜』(‘24)、NHK総合『連続テレビ小説「ブギウギ」』(‘23)映画では、『本心』(‘24)、『八犬伝』(‘24)などがあり、10月3日公開予定の『火喰鳥を、喰う』や12月5日公開予定の『WIND BREAKER/ウィンドブレーカー』が控えている。

©眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
映画『九龍ジェネリックロマンス』
©眉月じゅん/集英社・映画「九龍ジェネリックロマンス」製作委員会
2025年8月29日(金)公開
企画・配給:バンダイナムコフィルムワークス
※Team Credit
カメラマン:鈴木寿教
インタビュー:林桃
記事:林桃/有松駿